BOOK DEPT. F.A.Z

quiet & happy asylum

息のブランコ

しばらく更新出来てませんでした。バタバタしていて、というのは言い訳ですが。

ここ最近はずっとローラン・ビネのHHhHを読んでます。リョサ絶賛の話題作。圧巻。感想を言うのもおこがましい程の緻密さですが、読了したらここにもレビュー書こうかと。ラーゲリや東欧の戦中戦後関連の文学は個人的によく読むのですが、中でも個人的なマスターピースというか座右の一冊はこれ。
f:id:knobkov:20130911014257j:plain
ヘルタ・ミュラー
「息のブランコ」

巨匠ヘルタ・ミュラーが聞き書きを元に記した、ルーマニアからソ連に強制連行された主人公レオポルトのラーゲリでの五年とその後。祖母から託された「お前は必ず戻ってくる」という預言に似た言霊を反芻しながら過ごす極寒と抑圧の月日の中でほろほろと零れ落ち崩壊する生活は、それでもどこか自身の平凡さをそこに合わせていく飄々とした悲しさに満ちていて。その中に、はたと煌めきのように感受される母性のような故郷への懐かしみと、それでいてそこには二度と自分の居場所として戻ることはないだろうという寄る辺なさ。愛や性で埋め尽くせないその沈黙に似た悲痛さを「ひもじさ天使」が呪いのように支配する。

レオが止められない癖のようにつぶやく「ハーゾーヴェー(ああなんて悲しい)」という、言葉。

そこには、ラーゲリでの五年間、そしてその後のレオの一生に横たわるようにして、ただただその言葉があった。歴史と共に生きていくこと程、残酷なことはないのかも知れない。好きなときに好きなように孤独になれない。歴史と共に生きていくことは、数限りない他人の喜怒哀楽を背負う望まれざる共生なのかとも。最後、ほんとうに最後にミュラーが記したレオの独白が頭にこびりついていて。それは読んでみて下さい。美しく、悲しく、いつまでも読後に残留するような感銘を受けた作品。あほのような意見ですが、これが小説か〜、と空いた口が塞がらない程衝撃を受けました。そして孤独とは何かを学んだ。痛切に。

故郷という母型。そこは子宮のように、一度出たら戻ることを許されないのやなと思います。個人的な話をすると、僕も故郷を出た。そこに外部的な強制力がなかったにしろ、一度出たら戻ら(れ)ないという不可逆な感覚はどこかにある。そして僕の祖父もシベリア抑留でラーゲリと似た環境にあった。モスクワに一時寄せられ、またシベリアへ。そして日本に還って来た。僕の祖父も五年間ロシアにいた。

ハーゾーヴェー。僕の祖父はその言葉の代わりに、「寒かった」と笑いながら言った。

---

あっ、この本も持って行きますが暗いのばかりじゃないです。楽しいのも持って行くので岡山出店ぜひ。笑
2013/09/23 F.A.Z @ 城下公会堂 - F.A.Z http://faz.hatenablog.com/entry/2013/08/30/002329